ファミリーマートで捕まえて

〜Dreaming〜




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第1回

〜はじめまして〜
深夜の2時ころ、眠気覚ましに近くのファミリーマートに行きました。
近代麻雀があったのでそれを何の気なしに読んでいると、どさどさどさっ、と物の落ちる音。
見ると、セミロングの黒い髪を後ろで二つに束ねてファミマの制服を着た女の子の店員が、あたふたと崩れた本を片付けていました。慌てているのか、ちょっと眼鏡がずれているのが微笑ましかったです。
「す、すいません!」
「いえいえ」
近代麻雀を置いて、落ちて散らばってしまった本を何冊か拾って、彼女に渡します。
ますます縮こまって肩をすくめる彼女は、手渡す時ほんのちょっと手が触れると、びくっとして手を引っ込めてしまいます。それを見て、また思わず笑ってしまいました。
「ご、ごめんなさい! ほんとわたしったらおっちょこちょいで・・・」
「いやいや、かわいくていいんじゃないの?」
何の気なしに言った台詞が、彼女のほほを見る見るうちに真っ赤に染めていきます。ちょっと驚いて彼女を眺めていると、やがて彼女は、眼鏡を直して、真剣な顔で私を見ました。
「あ、あの。 ・・・いつもいらっしゃってくれてありがとうございます!」
「へぇ・・・ いつも見てたの?」
「あ、い、いえ、じゃなくて、は、はい!」
「ふぅん。 ・・・ね、今一人?」
「あ、はい」
「どうせ暇でしょ? ちょっと話そうよ」
思わずいたずらしたくなるようなかわいらしさをもう少し見ていたくて、それから小一時間ほど彼女と話しこんでしまいました。

これが、今日の更新が遅れた理由です。




第2回

〜おにぎり〜
ついさっき、家の近くのファミリーマートに煙草を買いに行ってきました。
平日の深夜こんな時刻になると、コンビニの店内に店員が誰もいないときがあります。ピンポ〜ン、と来客を知らせるシステムが、そこにはないのです。
新発売の、ナタデココが入っている「巨峰ジュレ」というゼリーを買って、レジに向かいます。
「・・・すいませーん」
出て来ません。
「すいませーん」
バタバタッ、と音がして・・・
「ふぁいッ! (むぐむぐ) ただいま・・・ あっ!」
出てきた女の子は、一瞬だけ立ち止まりました。すぐに後ろを向くと、胸を叩きながら何かを飲み込んでいる様子です。
振り返ったのは、セミロングの黒い髪を後ろで二つに束ねてファミマの制服を着た、あの女の子。びっくりして、もう耳までまっかに染まっています。
「・・・うあぁ」
言葉にならない声。ちょっと大きめの眼鏡を、照れ隠しなのでしょうか、くっ、と直し、小さめの唇をちょっとかみしめながら、レジに入りました。
「はい、これお願いしますね。あと、セーラム・ピアニッシモもお願いします」
こくん、とうなずいたその動作で、髪が微かにゆれました。後ろを向いた女の子のうなじは透きとおるようで、煙草を取る手もほんとうに白いのです。
「・・・す、すいませんでした。 ・・・みっともないところ、見せちゃって」
うつむいて、女の子はささやくように謝りました。
「あはは、いいっていいって。そんで、何食べてたの?」
「あ・・・ いやぁ・・・」
ますますまっかになってしまいます。よほど恥ずかしかったのか、レジを打つ手を止めて眼鏡をかけたまま手で顔をおおってしまった女の子を、やっぱりもうちょっといじめてみたくなってしまいました。
「ね、なぁに?」
「・・・うう」
顔をおおっていた手は外したけれど、ずっと下を向いたまま、彼女は、
「あ、あの・・・ (ごにょごにょ)」
「え? 聞こえないよ?」
「・・・お、おに・・・ ぎり」
私が思わず吹き出してしまったので、彼女はもう頭から湯気が出そうなほどまっかになりました。
それでも何とかレジを終えて、私はビニール袋を持ちます。
「あ、ありがとうございました・・・」
最後の方がほんとに消えてしまいそうな震える声で、彼女はおずおずとほんのちょっとおじぎをします。
自動ドアが開いて、私は立ち止まって振り返りました。
不思議そうに私を見詰める彼女に向かって、
「またね」
私が手を振ると、女の子は、二回だけまばたきしてから、まっかになったまま、そのかわいらしい顔に花がほころぶように笑顔が広がって、胸の前で小さく手を振り返してくれました。
「ま、またどうぞっ!」



やっぱり今日もこうして更新が遅れてしまったのでした。




第3回

〜誰?〜
いつも夜にばっかりファミリーマートに行っていますね。
今日は、久しぶりに昼間にそこへ。いや土曜日のこの時刻に家にいることができるなんて幸せ。

で、いつものように煙草を買いに出かけました。
昼間に見るファミリーマートの看板が夜とは違うような気がして、ちょっと店の前で立ち止まって眺めていました。
と、レジの中で、楽しそうに談笑している店員が二人。
すぐに目に入ったのは、その片方があの女の子だったからなのでしょうか。セミロングの黒い髪を後ろで二つに束ねてファミマの制服を着た、あの女の子。
その隣に、髪の毛を金色に染めて、無精ひげを少し生やした若い男。
二人は、余り店が混んでいないからでしょうか、なにやら笑いあっています。
あ、また女の子が笑った。楽しそうに。
くったくのない笑い顔でした。
一瞬だけ、私の胸にチクリと何かが生まれて、それはすぐに消えてしまったけど・・・
店には入らず、店の前にある自動販売機で、煙草を買ってしまおうかとも思いました。

その時、女の子がふと店の外に視線を移し。
私を見つけました。
はためにも、息を飲むのが分かりました。
隣の金髪の男は、それに気付かず話し掛けています。だんだん答え方がおざなりになっていく、女の子。

私は、店の自動ドアの前に立ちました。
ちょうどレジにお客さんが来て、女の子はその応対を始め、男はレジから出て棚の整理をしに行ってしまったのでした。

ヨーグルトとジュースを持って、レジに向かいます。レジにはあの女の子。そんな理由もないのに、何か緊張感のようなものが高まっていくような気がして。
「・・・お願いします」
「はい」
女の子の声は、いつもよりも小さく、他人行儀でした。
「あ、あと、セーラムピアニッシモ、お願いします」
「はい」
ピッ、と鳴るカウンタの音が、妙に響きます。
お金を置いて、お釣りを貰います。女の子は、できるだけ手を触れないように、ちょっと上からお釣りを落とす、女の子。ずっと下を向いていて、表情が読めないけれど・・・
でも、白い肌が染まっていることは分かりました。

ビニール袋を手に取って、私はレジを離れかけます。
「あ・・・」
女の子が、絞り出すような声を出しました。
「あ、あの・・・ ストロー、入れ忘れてしまって」
ストローは確か入っていたような。
それでも私はレジに戻り、女の子がストローを入れるのを待ちます。
いつもよりゆっくりと、女の子がストローを取って袋の中に入れました。
「あ、あの」
下を向いたまま、女の子が。
「なに?」
「み、見てました?」
「・・・なにを?」
その私の答で、女の子は、私が見ていたことに気付いたようでした。
「・・・あ、あの!」
いきなり、強くなった声。
彼女は顔を上げて、私をまっすぐ見据えました。ほほが、まっかになっていました。
「あの人、ただのバイト友達ですから!」
「え?」
「ここのバイトの人ですから!」
そう言うと、女の子はまたうつむいて、だまってビニール袋を渡してきました。
それを受け取って。
なぜか、胸の中がすっとして。
「あ、ありがとう」
「・・・」
「言ってくれて、 ・・・ありがと」
今度の息をのむ音は、気付いた私に輝く笑顔を見せてくれました。
「は、はい!」
「また、来ますね」
「はい! ありがとうございました!」
ちょっととまどって、彼女は胸の前で小さく手を振りました。




第4回

〜好きに、なるから〜
今日は、これから本日2回目のファミリーマートに行くこととなります。
その理由はですね・・・



今日はほんとうに疲れ果て、それでもこれから家で書類を読まなければいけないので、気付け薬に栄養ドリンクと煙草を買いに、家の近くのファミリーマートに行きました。
深夜の11時ちょっと前。だいたいこの時刻だと、彼女はレジに入っているはずです。セミロングの黒い髪を後ろで二つに束ねてファミマの制服を着た、あの女の子。
ファミマの看板が見えてきます。あまりへたった姿は見せたくないので、無理をしてラップを聴きながら、自動ドア越しにレジを見ました。
煙草を整理していた女の子が、こちらを向きます。すぐに、ぱあっと輝くような笑い顔。
私は、ちょっと手を振って、中に入りました。
「いらっしゃいませっ!」
元気よく彼女がお辞儀をします。二つに結んだ髪のしっぽが、ぴょこん、とはねあがりました。ラップなんて必要なかったかも、と思いました。


客が一人もいない中、栄養ドリンクとヨーグルトを取って、レジに向かいます。その間、彼女はずっとこっちをちらちらと見ていて、はやくこないかな、と言っているように、そわそわと落ち着きがありませんでした。
レジに、品物を置きます。
「お願いします。 ・・・あと、」
「はい! セーラム・ピアニッシモですね?」
くるりと後ろを向いて、女の子は煙草を取ってくれました。
「はい、どうぞ。 ・・・でも、あまり吸ってちゃ身体にわるいですよ」
ピッ、とレジを打ちながら、女の子はまるい眼鏡の奥から私の顔をのぞき込むように、いたずらっぽく言いました。
「・・・気をつけます」
苦笑いして、私は彼女がヨーグルトを袋に入れている間、ラップのリズムに身を預けていました。


「・・・なにを、聴いてるんですか?」
女の子が、不思議そうに訊いてきました。それはそうでしょう。私はラップを聴いているとどうしても身体が揺れてしまうから。
「・・・ラップですよ」
モーニング娘。を聴いてなくてよかった、と思いました。
「ラップ? ・・・えーと、ドラゴンアッシュみたいなのですか?」
「うーん。まあそんなもんですかね」
「へえ・・・ どんなのなんですか?」
興味しんしんに彼女はレジを打つ手を止めて私を見詰めます。
「そうだね・・・ ドラゴンアッシュは聴くの?」
「うー・・・ あんまり」
「そっかぁ」
「どんなのか、少し聴かせてください」
今掛かっているのは、2PACの ”Changes”。ばりばりの洋楽ラップ。
「はい」
イヤホンを外して、レジの向こうの彼女に渡します。けれども、私の使っているSONYのイヤホンは長さが50センチしかないのです。
彼女はそれを受け取ると、一瞬戸惑い、それでも身を乗り出して、私の胸に顔を近づけてイヤホンを耳につけました。彼女の髪の香りが、ふわりとただよってきました。
しばらく、女の子は私の胸の近くで曲を聴いています。私は、いつもとは違う角度に少しだけどきどきしながら、女の子の頭を見ていました。


「・・・あ、ありがとうございました」
ちょっと困ったような顔。
「わかった?」
「んーと。 ・・・え、英語でしたよね」
「そりゃそうだけど」
「英語がちょっと聴き取れなくて・・・」
「ま、そうだろうね。私も分からないし」
微笑ってイヤホンを首に掛けビニール袋を持った私を、彼女の視線が引き止めました。
「あ、あの」
「なに?」
「・・・なにかCD、貸してくれませんか?」
「ラップの?」
こくり、とうなずく彼女。
「むりだよ〜」
「ううん。貸してください。 ・・・英語、がんばりますから」
「いやそういう問題じゃなくって・・・ こんな曲、好き?」
彼女はちょっとうつむくと、小さい口をとがらせました。
「・・・好きに、なるもん」


確かに、そう聞こえたのです。
それが、信じられなくて。
「・・・え?」
女の子が、顔を上げました。まっすぐに、私を見ます。
「・・・もっと、あなたのことを知りたいです」
彼女の手は、ぎゅっと握り締められていました。
そしてやっぱり、まっかに染まったほほ。
「いつも来てくれるの、あたし、とてもうれしいんです。 ・・・けど、それだけじゃ・・・」
言いかけて、止まってしまう。視線を、そらしてしまう。
それが、彼女でした。


「うん、分かったよ。今日、持ってくるよ」
「え・・・? そんな、ヒマなときでいいですから」
「ううん。思い立ったが、って言うでしょ?」
顔は上げなかったけれど、彼女はゆっくりと、何かをかみしめるように笑いました。
「・・・ありがとう。待って・・・ます」



今、彼女のために、ベストセレクションを、焼いているのです。




第5回

〜贈り物〜
今、私は迷っています。
机に置かれた小さな箱を、眺めています。



明日納期の仕事のために、今日も出勤。
それでも終わらず、とりあえず気分を変えようと、家でやることにしました。やっぱり気付け薬を買うために、午後11時頃、家の近くのファミリーマートに向かいます。
向こうに見えるファミリーマートの明るい看板が、私の心を少し浮き立たせてくれました。
店の前に、人影が一つ。長いほうきと、ちりとりを片手に、店の前を掃除しているみたいです。
その影が動きを止めて、きょろきょろとあたりを見回しています。
私の方が、先に気付きました。店から洩れる灯りが、彼女の姿を照らしてくれます。
セミロングの黒い髪を後ろで二つに束ねてファミマの制服を着た、あの女の子。
ほうきを持つ手を止めては、何かを探しているように、あっちを向いたりこっちを向いたり。
思わずくすくすと笑いつつ近づいていくと、やがて、彼女もこちらに気付きました。
こっちをじっと見て、ほうきを左手で抱きかかえると、ちょっと戸惑うように、右手を軽く振りました。まるで、「手・・・ 先に振っても・・・ いいよね」と思いながらそうしたように。


「あの・・・ お帰りなさい!」
いつものように、元気よく女の子はお辞儀をします。夜の中、店の光に照らされて私に笑いかけてくる彼女が、いつもよりもかわいらしくて。
「あ、ありがと・・・ あ、私ちょっと買い物していくけど?」
「あ、はい。いつもありがとうございます」
そして、女の子はそこでちょっとうつむきました。何か言いたそうに、ほうきを両手で抱きかかえて。
そして、顔を上げて。
「あの・・・ ほんの少しですから、お買い物終わったら、ここに来てくれませんか?」
「店の前?」
「はい・・・ あの、CDのお礼がしたくて」
この前女の子にあげた、ラップのCDのことでしょう。
「うん。わかったよ」
いつも、こういう時に彼女は、まるで太陽のようににっこりと笑ってくれます。
「ありがとうございます!」
今日も、そうでした。


買い物を終えて外に出てくると、女の子が、胸に何かを大事そうに抱えて、店の外で待っていました。
私は、店の目の前からちょっと移動し、彼女が話すのを待ちます。
彼女は、おずおずと歩いてくると、私の前で立ち止まりました。
「・・・あ、あの。CD、ありがとうございました」
「いえいえ。ちゃんと、聴けた?」
「あ、はい! 大丈夫です・・・」
そこで女の子は一息つくと、そっと、胸に抱いたものを私に差し出してきました。
「・・・それで、その、CD、ありがとうございました・・・ その、お礼、です・・・」
手のひらに載るくらいの小さな箱。深い紫色のラッピングに、淡いピンク色のリボンがていねいに掛けられた、小さな箱。
「ま、毎日、おつかれさまです。おうちで、食べてください・・・」


私がそれを受け取ると、彼女はほっとした微笑みで、またお辞儀をしました。
「それじゃ、あたし戻りますね」
「あ、待って」
彼女の足が止まりました。
「ここで、開けていい?」
「えぇっ?」
ちょっとだけ彼女の声が裏返って。
「え、あ、う・・・ あ、あの、おうちでゆっくりしてから」
「だってせっかくのプレゼントなんだから目の前であけなきゃ悪いじゃない」
「わ、悪くないですっ。あ、あの、ぜひおうちで・・・」
おろおろする彼女を尻目に、私はリボンをそっと外して、包装を静かに解きました。
「ひゃあぁぁ」
中に入っていたのは、小さい箱にいっぱいの、ハート型のクッキー。


「ふえぇぇ」
そこにしゃがみこんでしまいそうな彼女に、私は笑いかけました。
「ありがと。とっても嬉しいよ」
ぶんぶんと首を振る女の子の顔はやっぱりもうまっかです。
「・・・食べてみていい?」
答も聞かずに、私はひとつ、口に入れます。
女の子がもう顔で手をおおって、それでも心配そうに、指の間からこちらをのぞきこんでいました。
サクッ
気持ちいい歯ごたえ。焼き加減は抜群です。
そして、口の中に・・・
「う」
微妙な味。
甘くないです。何か、こう、独特の風味というか・・・
もしかして。
まさか・・・
「ど、どうですか?」
沈黙に耐え切れなくなったのか、彼女が手を顔から外して訊きました。
「・・・う、うん。おいしいよ」
一瞬の戸惑いが、彼女に息を飲ませました。
「・・・え? 何かおかしいですか?」
「いや、そんなことないって。おいしいよ」
「ううん。おかしいんです! ちょっと、あたしにも食べさせてください」
「いや、何でもないってば・・・」
引っ込めようとした私の手から、女の子はクッキーの入った箱を奪い取って、ひとつ、口に入れました。
沈黙。
「う」
女の子が、眉をひそめました。
「こ、これって・・・ なに?」
またちょっとかんで、女の子は目をまんまるに見開きました。
箱のクッキーを、じっと見詰めます。
そして、
「や、やだ・・・ あたし、お砂糖とお塩間違えちゃった!」


や、やっぱり。
「いやあぁぁ・・・ そんなぁ」
そのまま彼女はほんとうに地面にへたり込んでしまいました。
苦笑いをしつつ、私もしゃがんで、彼女の顔を見ようとします。
でも、女の子は、クッキーの箱をぎゅうっと抱きかかえて、思い切り身体をちぢめて。
「ご、ごめんなさい・・・ こんなの、たべさせちゃって・・・」
「気にしないで・・・ ほら、箱、ちょうだい?」
彼女は首を激しく振りました。
「だめぇっ! こんなの・・・ こんなの・・・ だめよぉ」
「だってそれ私にくれたんでしょ?」
「だめっ! ・・・っ、ひっく、 ・・・こんなのあげられないっ」
やがて、押し殺した嗚咽が聞こえてきました。顔をひざにうずめたまま、彼女は何度も何度も背中を震わせます。
「ひっ・・・ っく・・・ ご、ごめんなさい・・・ ごめんなさい・・・」
ごめんなさい、しか言わない彼女の頭に、私は、そっと、手を置きました。なでることもせずに、ただ、手を置きました。
「それ、どうするの?」

「っ・・・ こんなのたべられないもん」
「捨てちゃうの?」
「・・・」
「そんなことしたら、許さないからね」
はっと息をのんで、女の子が顔を上げました。
涙できらきら瞬くひとみが、私をまっすぐに見詰めます。
「それ、私のために作ってくれたんでしょ?」
こくり、と頷く彼女。
「だったら、ちょうだい」
「だって・・・ おいしくないもん」
「きみの気持ちを捨てちゃうなんて、許さないよ」
うつむく、彼女。
「それ、私のために作ってくれたんなら、ぜひとも欲しいな」
「・・・たべるの?」
「もちろん」
「おいしくないよぉ・・・」
「それよりも、あなたの気持ちの方が、大事なんだけど?」
そのまま、私は彼女の頭に手を置き続けました。彼女の体温が、そっと手のひらを温めていきました。


「・・・ごめんなさい」
彼女は、そっと、箱を差し出しました。差し出す手が、ふるふると震えていました。
「ありがとう」
笑って、私はそれを受け取りました。
「大事に、食べるね」
こくり、とうなずいて、彼女は私を見詰めました。まだ泣き濡れた、その瞳。
「ほら、立って。お仕事に戻らなくちゃいけないんじゃない?」
「ああっ!」
あわてて彼女は立ち上がると、ごしごしと涙をふきました。
その頭を、ちょん、とつついて、
「ほら、元気出して」
「は、はいっ」
何だか号令でも掛けられたように、彼女は、ぴっ、と背筋を伸ばしました。
「ほんとに、ありがとうね」
「・・・ごめんなさい」
「だからそれはいいんだって。作ってくれた、っていうのが一番でしょ?」
「・・・ありがとうございます」
「ほら、元気!」
そろそろ帰らなければいけません。私は、コンビニの袋を持ち直して、もう片手に小さい箱を大事に抱え、彼女に会釈をします。
「じゃ、またね」
「・・・はい」
元気が、まだ足りないです。
「・・・また、作ってね、お菓子。待ってるよ」
その時彼女の顔に広がっていった笑顔は、たとえようもなく、きれいでした。
「は、はいっ!」



迷っているんです。
明日の重要な会議の前に、これを全部食べていいものかどうか。



To Be Continued