雨音

雨の日の庭を歩くときの自分の足音をどうしても聞きたくないのはことばにならない音をふたつ混ぜたくないから、雨の日の一日はゆっくり進むのに明日が来るのは早い理由とおなじようなものでした。ことばで表すことができないものの方がずっと多いのはひとにとってきっとしあわせなことだから雨でもできるだけ出かけることにして、どこかへ行ってしまったひとを見つけるための音を探します。葉っぱに落ちる雨よりも葉っぱから落ちるしずくの方が音が奥まで届くことに気づいたときにはもう胸の中で波紋が広がるばかりでした。

口の中が乾いて、目をこすって、雨の日は思い出すことが多すぎて、紙切れをしまっている場所を見るたびに背中が丸まっていって傘を差したくなります。お気に入りの傘って濡れてしまうのになんで買うんでしょうか。あまり大きすぎると傘の中のわたしの中のなにもない音が反響してしまうからすこし早足で風を切ってかき消して、なるべく横断歩道で待たないように、でも地下道は使わないで、靴が汚れるのは気にせずに、思い出したことを思いながら歩きましょう。たまに上の方を見ると音が抜けていきます。

あまくないショートブレッドがおみやげです。これから咲く準備をしている庭を見ながら指先からほつれていった思い出はたぶんまた雨になって戻ってくるけど、そういう気持ちにさせてくれるような雨になりたかったのはずっとそのままで、でもわたしの中には雨がなかったから雨の日に作ったものはだいたい点がひとつしかないのです。思ったより透けていく今にふと笑いかけることができるような、そんな日だったことを思って汚れた靴にブラシをかけ終わったら、きっとまたいつか雨音がひとつ落ちてきます。