やわらかいものをたべるとやさしい気持ちになれるから、だれかが歩く脚の残像がどこかでわたしの脚と入れかわってわたしをそこへつれていってくれるのを待っています。きっとその街の名前はわたしには発音できないくらいすてきな場所で生きてるうちに立ち入ったら罰を受けるから、はやく死んでるわたしを作って別人だよって言い張って、おいしくてやわらかいものを口いっぱいにほおばって、やさしさを消化したいのです。食事の後にいくら数えても数えきれないお皿を洗う係はあなたなので、わたしといっしょに死んでくれませんか。
いつから自分のこころをあらわす前にひとのこころを確認するようになりましたか。まるでみつばちのように必死にひとの共感を集めて自分の巣に持って帰ってそのあまいあまい蜜のなかに沈んで、自分の巣にいるときだけはことばを忘れてもいいって、不思議な木がすぐそばに伸びていって影を落とすことにも気づかずに、だれかが泣いているときはいっしょに泣いて、笑っているときはいっしょに笑って、ひとを責めているときはいっしょに責めて、きっと雷が鳴ってだれもいなくなったら雨のなかに立ち尽くすしかないことを知ったときはもう遅いのです。稲妻が木をめがけて落ちてきます。
夢のなかのわたしはやさしいですか。もっともっとそうしたいって知ってほしいのに、わたしのピアノはただとおくできらきらと輝いているだけで、だれかに届いているか毎日とても不安なのです。ずっとずっととおくに夏の影が見えるなら、むかしおとうさんおかあさんに言われたことを思い出して、下ろしたての服を着て、背筋を伸ばして雲を見上げて、だれかにこころを盗んでもらうための旅に出ましょう。空は夢のように青くはないけど、来てくれないなら会いに行くしかないのです。もうすこし、この夜がいつか明けたとき、朝になったわたしが顔を出すから、たぶんやさしい気持ちで。