ひとはたいせつなものやことに名前をつけると聞きます。わたしのこともだれかがたいせつに思ってくれていたときがあったようです。わたしになんかよりも、交わる声とゆるい話、すこしくもりのやわらかい光が差してくる窓枠に寄りかかっているとふとひとりだけとり残されたように感じるその感覚に名前をつけた方がよかったのかもしれません。やがてしずかな雨がなくすことができないものを濡らしていくその響きにはさよならという名前をつけたいです。
今日までのことをならべて数えたら明日のことを忘れられるなんてうそで、息継ぎがうまくいかない歌声はベッドの上で膝をかかえるような夜を織り込んだカーテンに吸い込まれていきます。たぶん聞こえないのでしょうけれどたしかにわたしはあなたの名前を呼んで叶わないその響きに名前をつけました。まださよならをする時間じゃないならもうすこしだけ話しても、ただ振り返らなかった点と点の間をつなげようとしてもいいでしょうか。すぐそこの曲がり角まで。
カップのふちでゆっくりと重なった瞳が夜の空にまたひとつ消えていきました。ループする風が部屋を抜ける前にねむりにつければだれも知らない町にだって行けますし、どうにか笑おうとするひとの髪をなでることもできると思います、多分。そのへんの混ぜものでは決して変わらない螺旋の手すりをつかんでも、フロアのマネキンの数だけわたしの名前を呼んでくれればきっとそれでいいのですから。どれだけがんばってもからめた指に光る行く先にはなれませんでした。
