ちいさいころ、わたしは誰かの特別になれないんだって気づいたときの、がっかりしたような、ほっとしたような音に似てるから、金属同士がぶつかったときの音がすきです。わたしの特別をしまう引き出しはひとつしかなくてすごくちいさくて、そこに入れるものを厳選しなくちゃならなくて、わたしがうーんって見つめているあいだに特別をしまう引き出しをたくさん持っているひとたちがぜんぶ持っていってしまいます。だからわたしの引き出しにはあまりものが入ってなくて、そこに大切にしまった金属のかけらはひとつだけなのでまだ音をたてません。
こちらにいるとあちらを眺めたくなるのは爪のささくれが気になってしまうからだし、ほんの1時間雨が降っただけでその日は雨だったという記憶になってしまうのも格子柄のブックカバーが濡れてしまいそうだったからです。レトロな建物やお店を撮っておしゃれを楽しむひとと奈良とか平安時代の建物や美術品の前でたたずむひとは近そうだけどほんとうは互いが見えないくらいに遠くて、それはスマホカバーでわかるのだけど勘違いしないように風をつかまえてあらかじめ聞いておくのがいいと思います。他人のいうことなんてぜんぜん信用できないんだとつぶやくひとたち。
歯医者さんに行くのがすきなひとはあまりいないと思いますが、歯医者さんのことがすきなひとはたくさんいます。付き合いたての恋人たちが多い町は町じゅうが甘いから歯の看板がたくさんあって、別れた恋人の片っぽと歯医者さんがくっついたらその歯医者さんに行くと虫歯になります。白い歯は本の余白みたいにきれいで得したきもちになるから、待合室のベンチに座ってもうひとつできれば歯に収まるような金属が落ちてないかなと床を探しています。不安も期待も白く塗りつぶしてしまえばいいって薬のように効いてくるペン立てに突っ込んだ日常がすきなひとは、どうぞ歯の看板が多い町へ。