スケール

立ち止まった空の手前のさざ波が近くに見えたらひとつ増えた窓を開けて、いつもとおなじ本のページがカーテンの白いノイズに泡立ってふりかえったときにぽたりとしたたり落ちた文字をすくったはずなのになにも残っていません。こぼれた景色を閉めて足あとをつけられないように、広げた腕は日傘の届くところよりすこし大きいだけで、もうしばらくしたら水のソルフェージュのレッスンが始まります。濡れる靴を気にして歩かなくてもまばたきの音が聞こえたら透明な錯覚に沈んでいくのです。

カップの中でまどろむホワイトチョコはたまごから生まれたばかりでまだありがとうもいえません。とおい過去の色をした昼下がりのはちみつにはたくさんのことばがねむっていて濃いところと薄いところのグラデーションは思いがくるりと回ったあとさきに、さっと吹き込む日差しに焦げてしまわないようにゆっくりとひっくり返しましょう。甘い時を計る機械とだんだん煮詰まっていくカラメルの温度は隣にいないひとのためのものだから、いつの間にか見つめる先がそうなってもなにも思わなくなりました。

夜に吊るされたお日さまと爪の先に止まる蝶の色が重なるところ、横に長い四角のすみっこでつや消しした夕暮れの高いところにはもうなかったことにはできない今日がにじんで、捨てたはずの恋のかけらがぱらぱらとまたたいています。置く場所のない出会いの音にピリオドをつけてだれにも聞こえない海の底に、朝から縦向きになっていた体がようやく起きてきて膝の上に、すこしくらい雲があった方がいつまでも見ていられることに気づいても糸は切れて、残されるのはおうちがなくなった人形の影だけです。