ちいさいころから新しいデニムのにおいがちょっと苦手で神さまにもういりませんってお願いしていました。カーテンを開けて木陰からこぼれてきたお日さまの光が芝生に移るとすぐに油断してしまって、引き出しにしまい忘れた静かな思い出はそっと空っぽの封筒をわたしてくれます。ずっと待っていても秘密とドーナツは甘いまま、はじめておうちにお邪魔したときにスリッパがなかったのをずっと覚えている自分がとてもいやで、いつまでもまぶたを閉じない人形はひとりでに動き出してもうここにいません。
自分の足音が思ったよりも高く響くようになってたのに気づいて階段を駆け下りるのがこわくなりました。面会時間ぎりぎりの病院は泣き顔ばかりで姿勢を正していないと見上げてばかりのひとと目があってしまうから、待たせているのはわかっているのにかじかんできた指はうまく動かせないのです。あのとき謝ることができなかったから次に進んではいけないと思ってしまうひとたちはけっこうたくさんいるから顔色がよくなってもまだことばをかけないで、ただそこにいるだけでほんとうにいいのか不安になるのですけど。
自動ドアの出口から入って巻き戻っていく日はどこか新しくて、ほんとうは散らばって消えていくだけのことばを風船のように吹き出しに入れて描いたらひとこともしゃべれなくなりました。そういう日にベッドから起き上がる方法を教わってなかったからきっとひとにもやさしくできると信じて薄い色のクッションをかかえて息をついて、みんないちまい重ねた服よりもあたたかいものを知っているから不幸せになっていくのです。しっぽがあったらいろんなことがわかるのにひとは退化してしまいました。
