今だけは

わたしの皮膚は薄すぎて抱きしめ合うとほんとうにわたしをなくしそうだから、もうすこしだけ距離を置きたくなります。落ち込んだときに部屋のすみっこでうずくまってからだをくるむタオルケット1枚分の厚さをプラスしてもゆるしてくれますか。わたしのからだからきれいな水晶を収穫できるならわたしはここにいてもいいですか。まいにちぱりぱりとわたしからはがれていくものがあなたの役に立つなら、だれかの鼻歌がわたしのおなかの奥に突き刺さって痛くてもがまんできます。

草を踏む音が心地いいときは調子がいいときで、ピンク色から目をそらすときは調子がわるいとき。なんでコーヒーを飲むのかずっと疑問に思っていたけど、それはあのころの思いをカフェインに溶かして消してしまうためでした。花を全部摘んでしまったら、ゆるされなくてもよかったのにゆるされてしまった自分が傷つくのがこわいのではなくて、傷つかないことがわかってしまうのがこわいから自分を傷つけるひとへ。声っていちばん早く思い出せなくなるものなのです。

時間はほんとうは多数決で動いていて、もし全世界で止めてほしいというひとが多くなったら時が止まります。世界は前に進みたいひとであふれているからいままで時が止まったことはないけど、もし遠い未来に世界中が絶望したら立ち止まるひとが多くなるかもしれません。でも巻き戻すことはできないから立ち止まっても無駄なんですけど。時間が止まったらその次の多数決が取れないからそこで世界は止まったまま終わるんですけど。止まった世界を見た神さまはそれを一度だけそっと撫でてくれて、そしてごみ箱にほうり投げてまた新しい世界を作るのです。