帰り道

急いで家に帰るひとたちと逆に歩くと気が引けるからわたしも家に帰るふりをして200メートルくらい、そろそろいいかなと思って振り返るとうつむいていたひとたちがいっせいにわたしを見てもしかしたら帰り道を探しているのかと問い詰めてきました。白と黒の表紙の顔がたくさん笑おうとして笑えなくて光沢のそばに影をつくって、アルファベットの一文字のように壁に貼りついて、わたしを質問責めにして満足したのか家に帰るのをやめました。その文字はなんだったか思い出すことができません。

今日こそは家に帰ると張り切って歩き出したのにまた向こうからひとが来るから逃げるように、ひとりで歩くのは道なりのときだけ、曲がるときはだれかといっしょがいいのにもう背中のリュックが重くて、琥珀色のなにかを拾おうと思ったのに拾えなかったのを今でも悔やんでいます。帰り道の本屋さんに平積みにされた顔が青くなったり赤くなったりして探している本が見つからず、道端に座ってスマホを見てるひとは家に帰りたくないのか帰れないのか、水をすくえない鳩はやがて飛べなくなって落ちていきます。

家に帰れない日もあるよねって鏡に向かって認められますか。鏡の中のわたしは平均台の上に立って一本の道しか通れないと思っていて、道がない地面を歩いたって家に帰れるって教えたらうつむいて帰り道を急いでいるひとたちはどうするのか知りたかったのです。でも向こうからわたしが歩いてきたからあわててわたしはわたしでないふりをして、わたしに見つからないように角に身を隠して息をひそめて、わたしはわたしに道でない道を教えてあげないのか、棚の本を手に取ったらわたしではないだれかの顔です。