手のうしろ

きれいな姿勢で腰かけて同じ間隔で連続する音符が写真になった瞬間にぴったりと波が止まってしまった画面のかたむきにそわそわして、四つ葉がひとつもないクローバーを敷き詰めた引き出しはすごくうるさいドライヤーの風でさわやかにかわいていきます。美しい景色を流し続ける動画があまりにも多いからってこの世界はうつくしいものでできているのだと勘違いしないように、手折るつまみを動かすだけで明るさもなにもかも変わっていってタップひとつでぜんぶ消えてしまいました。

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お店の看板の灯が消える瞬間に出会うとなんだか足を止めたくなってしまいます(無駄ですけど)。作り上げたひとつひとつのものを振り返らないひとをうらやんでもしかたないのだけど、ほんとうはこぼれていたはずのなにかをそんなにたくさん持っていかれてしまうと夜空に星がなくなってしまうからどうかほどほどに、むかしの図書館のかおりはもうどこかに行ってしまったのです。秋に流れる滝を見たことがないからわたしはどんどん誤解して、ただ水と手を合わせてみたいって分不相応に。