春の日

三日月しか上らない場所はわたしがピンで刺したところ、いつもはそんなことをしませんけどちゃんと春になってほしいからしかたなかったのです。うれしいことをゆらしてかなしいことをなでているとやがて花が開くから、このまま飛び立つ未来を残さずぜんぶ伝えることができるなんて思ってはいません。けれどきっぱりと立ち止まってあおぐ空はわたしをそそのかして、手をつないでまるい輪っかをつくれないひとたちの前をただ過ぎるひかりの束をわた雲のようにならべろというのです。

みんなで笑いあっていた季節がちかづくと今どこにいるのかわからなくなります。冬にもどりたくなるのではなく、夏がはやく来てほしいのではなく、問いかけばかりの日々にとまどうならいっそずっと春のままであってほしいのかもしれません。まだ咲いていないのに散っていく花びらをなくしたものと数えないひとたちばかりがつかの間の土のしずくをうたうのは一枚ずつ消されていく記憶にこれ以上わずらわされたくないからみたいです。ふるえる指に止まった雨だれはそのまま連れ去ってくれなかったのに、勝手ですよね。

やわらかい休日の朝にめぐりめぐるティーカップはするりと軽くなってからだを螺旋のかたちにまわるみにくい転調に触れないように、川辺に差し出す枝に聞きなれない瞳のひとの国のことばを織りまぜて夜をとかすとほしいものを言えなかったときの公園のベンチを思い出します。あなたをのせた春の風にいつか届くように歩いていたときはたぶん楽しかったのです。もう時計はとっくに止まっていたのにこのまま帰れなくて夕暮れにほかの花に手を伸ばして、わたしは足をあたたかい場所に踏み出すことができません。