朧月夜

子どものころ朧月夜を初めて見たとき無性になにかを話したくなって、おかあさんに(なにを話したか全然憶えてないけれど)すごくたくさんそのときの月の様子を伝えようとしたのが、たぶんわたしの最初の自己顕示欲の顕れだと思います。明るくもなく暗くもないぼんやりとした月に魅入られて、ずっと空を見上げていました。それを今まで引きずっているなんて今の今まで知らなくて、雨はだいじょうぶだったかなと出たベランダで月がかすんで見えて小一時間くらい、すっかり身体が冷え切って、でもなにかを書きたくて、かじかんで動かない指でスマホをタップしている、それがわたしです。

夜の船は月と星の光に導かれて進むから、わたしひとりだけの冬ではないけれど、今日は寒いね、とあなたがとなりでほほえんでくれたらきっとそんなことを忘れてしまうのに、どうがんばってもあなたは画面の向こうから出てきてくれなくて、この手もいつまでたっても冷え切って文章も進まないまま、星のないこの夜にわたしは道を見失って、月とともに夜空の藻屑と散っていくのです。だからわたしが今こうして沈んでいく月をなごり惜しく見ているのもあなたのせいです。少しずつ月が動いていく。

ほんとうに寒くてがまんできなくなったら部屋に逃げ込めるのは贅沢というもので、むかしのひとは寒いときは寒いままに空を見ていたから、たまにはわたしもそれにならって服を着こんで(十二単はないけれど)この月をじっとながめて過ごしましょう。この夜が明けたら世の中は月曜日だけど、月の曜日なのだからなにか言い訳ができるかもしれません。月のためいきが凍って身にしみて風邪を引きましたとか、月がかすんで見えたのは霞かわたしの涙かわからなくてそれを確かめていてとかどうでしょう。

雲が晴れて月が光を取り戻していくのは見たくないから、こんな書きなぐった文章ももうおしまいです。この時間を書き留めておくために、投稿します。