残り火

このところずっとどこかで水が流れていてふっと起きたときにいつも雨が降っているんじゃないかとあわててカーテンを開ける毎日です。今日もいちにちずっと走りつづけてくたくたになった魂はきれいにしてもらおうとシャワーみたいにつぶつぶな動画を選んでいますがどうもいいのがありません。散歩帰りに郵便受けをのぞいておなじ言葉ばかり探して検索ボックスがいいかげんうんざりしてサジェストを表示しなくなって、ここはもう門の外ですからあまくないアイスクリームを食べながら歩くとじろじろと見られるかもしれません。

いつか行かなければいけない場所はきっと行かなくてもいい場所ですから真夜中にたくさんの遊具を詰めこんだ部屋にぽつんとひとり残されてもだいじょうぶ、アルバムのなつかしい風景から離れるようにならないとただしいひとになれないのです。わたしかもしれない子どもはだんだんおそく歩くように、知らない呼びかけにふりむいたら公園ではないどこかに切り替わってつなぐ手はすこしずつしめっていきました。あのきゅっとしめつけるような感じはおとなになったいまの方がよく回っています。

三角屋根のおうちにはおぼえがないはずなのにたまに虹がかかっている写真が目の前に落ちてきます。戻るところがないから先に進まないといけないわけではないのですが動くことをやめたらみんなにどこかわるいと思われるからしかたなく向こうでかすかにひかる扉がたったひとつの希望だと言ってるだけです。ピンクのかばんをかかえてよろこんでいたらその扉の先にわたしかもしれないおおきなおとなの影がゆれてただ身をすくめることしかできなくて、木琴がぼくをたたいてみてねとにこにこわらっていたのでした。