手元からほつれて離れた繭は遠回りして流れて、壁に吊られた音が水で満たされたあいまいな輪郭の中にほどかれて、たまにそれを描くのに失敗してかすれたままにじんで、だれかにひっかかったことばを追いかけていって、きれいな音楽は羽を広げた鳥のように見上げるひとのこころを奪ってその瞬間のいのちをとめてしまいます。もうこれ以上ここにいることはできないのですから、もしわたしに吐き出すものがまだすこしでもあるならば、その間はきれいなものに触れられなくてもいいのです。
真珠のようにつやめく羽根を水にひたしたら白鍵だけが浮かんできます。それでもきれいな音楽は今日もだれの希望もなく奏でられていて、ひとはきれいなものだけを抱きしめたままではいられないから、その命令し慣れた声でわたしに告げてほしいのです。ピアノだってたたいて音を出すことを知っていたのにあまりに透きとおっているからなにか別の原理で音が出てるって思い込んでいた、だれかにやさしい春はもう終わってきっと夏はわたしにだけやさしくしてくれると思い込んでいたわたしに。
気管になにかが入って必死に咳き込んでいたらいつの間にかたどりついていた国ではだれも知らない色が禁じられていて、その色をした花も咲くことを禁じられていました。なのにわたしの背中で滴る音階が禁じられた色をはじいて、わたししか知らないはずの道の向こう側で糸がほどけて、だれもが知っていることばで、だれも知らないはずの結末が巡っていきました。そうしてその奥に透きとおるさなぎが繭を破ったときに世界がもう一度はじまりからその色を映して咲いて、暖かいところで開いていくのです。その色はなんの色だったんでしょうか。