すきなものが手に入らないのはとてもつらいからすきなものを作らないようにしています。ほしいものが手に入らないのはとてもつらいからほしいものを作らないようにしています。そうしたらいつもこんなに身軽で、車の音が通りすぎていくのも気にならなくて、街灯の細い光もドアノブにかかっている鞄もだれのものでもよくて、こころがそっと包まれるように冷えていって素直なわたしがここにあります。なにかを手に入れるためになにかをしなければならないならなにもいらないというひともいるのです。
すぐ消えてしまうのにひとはどうしてことばをほしがるのでしょうか。すぐ消えてしまうのにひとはどうしてぬくもりをほしがるのでしょうか。だれかの横顔を見つめればそういう気持ちになるのはひととして自然なことだっていうけど、だれの横顔にも自分の横顔にも興味がないひとは乾いた衣擦れの音がしてもそういう気持ちにならないから、手元の本は開いたままでいいですよね。それは薄情というよりも歩いているときに時間が止まっているタイプのひとってだけですから、なにかをくれるなら歩いているときにくれると助かるのですけど。
あきらめたくってそうしているわけじゃないんです。うつむきたくってそうしてるわけじゃないんです。けれどわたしだけではどうにもならないことが多すぎて、道の途中で時間が止まってなにもほんとうのことを伝えられないからだれかにお願いすることもできなくて、その道に落ちてた紐のようにどこかでいきなり切れてしまったからもうあとは汚れていくしかないのです。耳に残るのは傘をさして歩いていたら邪魔だっていわれたことだけで、居場所がないひとはどうしたらいいのか教えてほしいのだけどみんな居場所がありませんでした。