空気感

夕方にクリーニングから返ってきたばかりのスニーカー、かかとで床をとんとんってたたいてきっちり収まって、ちょっときつめに靴ひもを締めたら今日も走り出します。最初はそこにわたしがいないけどもうすこしすればもたついていたリズムも息といっしょにはずんできて、夜に使ってはいけないことばにさえ気をつけていればやがて足取りも軽やかに水面をはねて芽吹いていきます。空を飛べるようになるまであと二日くらいって感じで、夜はこわいからって昼間に行くとたぶんまぶしくてランニングどころじゃなくなるのです。空は暗い方が空に見えます。

すぐに目印の木が見えてきて折り返し地点、ちょっと休みたいからそこのコンビニに入って、なにも買いたいものはないのにまた紅茶を手にしてしまいました。ひとくち含むとしおれた花びらに落ちる露のように、ぼんやりと歩きながらマンホールのふたは踏まないように、なんとなくきれいなケーキのデコレーションを思い出したりして、子どものころはお菓子を作ったらやさしいひとになれるって思ってたのにそんなことはなかったってふっと笑ったり、散歩中にどうでもいいことばかり考えてしまうのはきっとそうしないと頭がぐちゃぐちゃのままだからなのかもしれません。

おうちが近づいてきていつもの景色が見えてくると無口になります。つまらないところに戻るからじゃなくて自分がつまらないひとだって思い出すからです。つまらないところにいるからひとは自分がつまらなくても罪の意識を感じなくてすみます。ひとつひとつの明かりがずっとおもしろかったらたぶん目がくらんで息が詰まって、とりあえず外を走ってあたたまったら駐車場に自分を停めて、そんなつもりはなかったのに初めてのつぶやきに驚いたりしながら玄関の鍵を閉めて、スニーカーのほこりを払って、もう汚れてるのに気づいて拭いてたら白い雲に乗りました。さっきまで乗れなかったのに。