別の灯

高いところに行ったらなにもできなくなってしまうからかがやく星に手を伸ばすなんてこわすぎて、目の前を転がっていくほこりのように軽やかな日々は風もなく過ぎ去って、棚にたくさん並ぶ中から今日の食卓のために選ばれた玉ねぎのようにはなれなかったことを思いながらていねいにくし切りにしています。なにかを手放して得られるものがあるならだれも持ってるひとのことをうらやむことはないのだけど、そういう気持ちをいっしょにさっぱり塩味で炒めてしまうことができるならきっと楽しい時間になるのでしょう。

つくろってもかんたんにほどけてしまう吐息はゆるやかな坂のふもとでガラスのコップに触れて、神さまが見ているから泣けないひとの指にひとつだけななめの熱を残します。何回も積み重なる手紙から逃げたくてタグを切り離したらレジを通ることができなくなってずっとそこに閉じ込められたまま、薄暗くがらんとしたフロアの片隅に同じようなひとのようなカラーコーンがふたり座り込んでスマホをいじっていますけどなんにもなれないようでした。早くおうちに帰って布団をかぶりたいのにエスカレーターは上りだけです。

あなたの左側にぶらさがる別の名前があって、ねむるときにだれかの花びらになってつつんであげたいという記憶を取り戻したなら明日はどこかにひとつだけやさしさを落としていきましょう。胸の奥の石がくだけてしまう前にさみしくなったら死んでしまうだれかを探して一日だけいのちを延ばすことにどれだけの意味があるんだろうと疑うひとたちに手のひらのぬくもりを届けることができれば一日だけ早く死んでもいいのだと、ぜんぶのことに証明を求めると夜が心を食べていくのを映すことができないからだんだん道に溶けていきます。