コートを羽織るだけでさみしさをやり過ごせるのが強いひとならわたしもときどき強くなれます。ひとりになると歩く速度がちがうのは当たり前でちらちらと枯葉が舞い落ちる通りにわくわくするのもわかりますけどいくら木に寄りかかっても好きな曲はかかりません。けやきの香りの弦がはじけて手の甲に当たった葉っぱがぱりんと割れた記憶は一週間後の大掃除でガラスのコップを漂白するときにいっしょに消えてしまうでしょう。無水カレーに凝ってたときに買い込んだスパイスで年末のお祭りができそうです。
引き出しの奥に花の名前のレターセットがしまい込まれていました。夜空は美しいのだとひとに伝えるためのものは使われないまますっかり冷たくなって飾り文字のモノローグが居心地わるそうに罫線の上で足をぶらぶらさせています。心は速達よりもずっと早いけど運べないものが多すぎて間違ってばかりだからオリーブオイルで合わせた薬と水占いでわかるあたたかさを瓶に詰めて添えたら明日にでも郵便局へ、この季節柄いろいろな贈りものにまぎれてどこかに行ってしまうかもしれません。
どこまでも短い廊下の明かりを落とすと待ち続けた新しい扉が今年の終わりを教えてくれます。いつもきちんと生きていこうとぴかぴかに拭いた窓際に重ねた嘘に誓っては笑顔をくれるひとを苦しめて、もう決めなければならない時はとっくに過ぎたから最後のカードを甘いお酒に溶かして楽になればいいのに春に咲く花のつぼみは最後まで見守りたくて、せめてきれいに割れてくれますようにと祈りながら左手から花瓶がすべり落ちていくのをただ聞いています。忘れられないとかこの命が消えれば意味がなくなるのに。
