果実

黒いロングドレスがすっきりと0から1に流れて瓶の中で振り向いて静かに照らされたロングトーンにほどけていきました。かたっぽだけ残った肩ひもが所在なさそうに手を添えたところに寄りそって伝わるぬくもりをなにかの証のように、ひとに生きてほしいってお願いする無邪気さといっしょに飲みこんで、波間にたゆたうきれいごとにうつつを抜かして消えていく細いなにかをつかめなかったことを後悔するのでしょうか。今まで一度も踊ったことがないのにななめ上の指先まできれいに伸ばせるわけがなかったのです。

ひとりだけ帽子をかぶった秒針がCのかたちをしたしおりを一枚ずつはがして瓶のふたを外していっしょに笑ったことを忘れていきます。どれだけ前を向いてもしあわせが来ないことがわかってるならアカペラに自信がなくなってしまってもしかたないって、机に置いた色違いの2つの指輪を手がかりに毎日のいのちをたとえて明かりを消したナイトテーブルにたぶん霧のように白いカップとソーサーが重なって眠ります。あいまいなものに愛されなくても胸はきっと高鳴ってくれるはずなんてみんな勘違いもはなはだしいのです。

そこの本屋さんオリジナルのブックカバーが気持ちよさそうにお風呂から上がってきてドライヤーをかけてぱりっとなりました。そこにあることが大切だってたくさんのものを手にしてもその価値に触ることはできないからせめてせいいっぱい声を張って、脚の長さが合わなくてしかたなくフェルトを貼った椅子の左側に集まって同じところを回る水滴を急に音が聞こえなくなったひじ掛けにため息をついてじっと見つめています。なにかに気づけないことを責めるなら今までもこれからもずっと歩いているふりをすることになるのです。