どれだけ直しても前髪が目にかかる気がする日は地面になるべくちかいところでゆっくり過ごして休日の工事現場でまとまったいろいろなものがかたちになっていくのをぼんやりと文庫本のはじまりの3分の1くらいにはさみこんで今日いちばんにかわいいいちごジャムをかごに入れた偶然にたどりついたしあわせよりも脈をおさえた指先につたわるいくつかのくすぐったい吐息の果てをまじめな顔をして計っている看護師さんにとっておきの和紙をプレゼントしたくてしかたないのです。
くるくるとまわる散歩で景色があたまに入ってこない日はまるごと凍らせた果物がとまどいながらやわらかそうなグレーのブランケットをかぶっても止めないできらきら光るフォークとスプーンはきっとフラットにながめるわたしからひろがるひらたい箱をきれいに切りそろえて道をつくるからそれにつける名前もちょっとくらい5拍子から7拍子でもおこられないかなとか出かける準備をしながらふっと消えたろうそくの最後の望みをかなえてあげたいと思ったりするのです。
どこにもいなくてべつにさみしくなんかないけど石ころを蹴りたい日はちいさめのキャンバスにもったりと泳ぐ熱帯魚がぱくぱくする口にその他のことをつめこんで地図からなくなった海の底に住んでいるこげそうな火花をつつみこんだ黄色と緑の珊瑚礁は忘れたわけではないけど思い出せない使いすてのカメラの記憶をどこまでもつづるあおいテープになってゆっくりとくねりながら遠ざかっていくからわたしの喉につかえたほんとうにだめなところもけっこう似合っているのかもしれません。
おはようのあいさつなんてだれにも聞かれないほうがいいのです。
