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- 「日々の戯言」 -

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BlackAsh 不定期連載〜ファミリーマートで捕まえて Last Smile〜Dreaming of You 2002/01/19 19:25
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〜 Last Smile 〜





メモ。
机に置かれたメモ。
バカみたいに強くされたエアコンの風に吹かれて揺れている机の上のメモ。


それは、幾度も幾度も繰り返しささやいて。


「あなたの心を、教えて」


女の子の声が、確かに聞こえて。
一度は砕け散った希望。その欠片が涼やかに、彼女の声を私に聞かせてくれて。
セミロングの黒い髪を後ろで二つに束ねてファミマの制服を着た、あの女の子の声を、私に聞かせてくれて。


「44」が最初に来る電話番号。
それは、最後の希望の欠片。女の子が私に残した、彼女の最後の心。


「あなたの心を、教えて」


待ってて。
もう、遅いかもしれないけれど。きっと、怒ってると思うけど。


今、電話する。電話するよ。
何でもするから。
謝るから。


声を聞かせて。


あなたのきれいな声を、私に聞かせて。




受話器を手に取って。
ダイヤルボタンを押して。


国際電話。電話のベルが鳴るまでの時間が本当に長くて。
けれどそれは胸の鼓動を落ち着けるには余りにも短くて。
電話のベルの音が鳴ったこと。
それを、今、私は思い出すことができませんでした。




そして。
唐突に、幕は上がり。




『Hello?』


英語のあいさつ。


うわ。


いきなり現実に引き戻されてしまって。
そう言えばイギリスにかけたんだって。時差はどうなってるんだ? そもそも、自宅の電話だったらどうする? 彼女は絶対に電話に出るのか?
いつもならかける前に考えておくことを、その時は、全然考えてなくて。


「・・・」
思わず、無言。


『...Hello?』
じれたような声色で繰り返される英語の「もしもし」。
それは、女性の声。
確かに、女性の声。


そして、恐らくは・・・




「44」が先頭に来る数字の羅列が、私の望みへと一直線につながったこと。それを確信したその瞬間。


『Hello?』
3度目。かなりじれていて。もう切られてしまいそうな雰囲気で。


待って!


「ハロー?」
声が、出て(でも日本語っぽくて)。
それで、私は一気に、そして初めて、自分の名前を告げたのでした。




電話口の向こう、息をひそめた気配。
そして・・・


『もしかして・・・ かけてくれたの?』
彼女の声は、電話口でも彼女の声でした。




「・・・よ、よかった。親御さんだったらどうしようとか思った」
まともな会話の最初にしては随分間抜けだったけれど。
彼女は、くすっ、と笑ってくれて。
『今、何か近所にあいさつに行ってるよ』
「あ〜よかった・・・ あ、そっちって今何時? 昼間?」
『・・・んもう。確かめてかけたんじゃなかったの? こっちは午後の5時くらい』
「ああ、そっか・・・ えーと9時間だったっけ」
『うん』
「そっか」
『ついでに、まだ31日だよ?』
「え・・・? あ、そっか。まだ年は明けてないんだ」
『そ。まだ大晦日』
「はぁ・・・ 何だかねぇ」
2人の間では、時間軸が確実にずれていて。
それに気付いて、思わず、また無言。


『・・・あ、あの、そっちはどうなの? 無事に年は明けた?』
「多分ね」
『紅白はどっちが勝ったの?』
「あ、見てないな・・・ 仕事してたし」
『大晦日まで仕事?』
「会社で年越しかと思った」
『う〜。身体、大丈夫?』
「何とかね・・・」
『気をつけてよね』
「そうします」
『・・・』
「・・・」


つながらない、会話。


消えゆく言の葉。
散り行く吐息。


2人の想いが同じところにあるのに。


「あのさ」
『あのね』
「あ、ごめん。どうぞ?」
『ううん。そっちからどうぞ?』
「あ・・・ いや・・・」
『・・・』
「・・・」




『・・・もうそろそろ、帰ってきちゃうかも。今日は家族でニューイヤーパーティやるって言ってたから』
「・・・あ、ごめん」
そっけない口調。
その中に、それでも見える彼女の心。




「あなたの心を、教えて」




そして。
彼女が、とうとう口を開きました。


息を吸い込む音が、聞こえました。




『憶えてる・・・?』
「・・・クリスマスのこと?」


『・・・あたしね、怒ってるんだよ』
「うん」
『本当に、怒ってるんだよ』
「うん」
『だって、あたしは言ったんだよ?』
「・・・」
『最後になっちゃったけど、ちゃんと言ったよ?』
「・・・そうだったね」
『それなのにさ・・・』
「俺は、言わなかったね」
『・・・言わなかったの? 言えなかったの?』


声のトーンが、かすかに揺れて。


『・・・ホントはあたし、あなたの方から言って欲しかったのに』
「そうか」
『何でもいいから、あなたから何か言って欲しかったのに』
「・・・」
『どうせなら・・・』
「・・・」
『どうせなら、振られてもいいからあの時に答が欲しかったんだよ』


一瞬だけ、それでも確かに聞こえたのは、ひきつった声と、鼻をすする音。


『ホントね、すっごくね・・・ あたし、怒ってんだからね』
「・・・悪かった」
『もう、あのあと、絶対に許さない、って思ったんだからね』
「・・・そうか」
『だから、もうバイトもすぐにやめちゃったし』
「そうだったね」
『もう、プレゼントも捨てちゃおうとか思ったし』
「そっか・・・」
『あ、一応お礼言っとくね、クリスマスプレゼント。指輪、どうもありがとう』
「い、いや、別にいいよ」
『言っとかないと気が済まないから』
「そっか」
『でもさ・・・ ホント、ひどいよね』
「・・・」
『結局さ、何も言ってくれなかったもんね』
「・・・ごめん」
『あのさ、訊きたいんだけど』
「なに?」
『あたしが待ってるの、知ってたの?』


・・・そんなこと。


ずっと前から知ってたから。


だから、何も答えられずに。


「・・・」
『あーあ。何だかなぁ』
「・・・」
『サイテーだよね』
「・・・」
『知ってて言わなかったんだね』
「・・・」
『気持ちを知ってたのに言ってくれなかったんだもんね』
「・・・」
『答えてくれなかったんだよね』
「・・・」
『やっぱ、どーでもよかったんだよね』
「そ、そんなこと・・・」
『じゃあ何で何も言ってくれなかったの?』
「・・・」
『あたしはどこまで言えばよかったの?』
「・・・」
『全部言わなきゃダメだったの? 今のように!』
「・・・」
『そうだよ! あたしはあなたのことが好きだったよ!』
「・・・」
『ずっと、ずっと好きだったよ!』
「・・・」
『誕生日プレゼントもらった時なんか、死ぬほど嬉しかったよ!』
「・・・」
『イギリスに行くって話聞いた時、あなたのことが一番に・・・ 最初に思ったよ!』
「・・・」
『コンサート、すっごく幸せだったよ!』
「・・・」
『ランドマーク、すっごく楽しかったよ!』
「・・・」
『何なの? こうやってはじめから言わなきゃダメだったの?』
「・・・」
『ファミマであなたと初めてしゃべった時に、言わなきゃダメだったの?』
「・・・」
『ファミマであなたを初めて見た時に、すぐにあなたに話しかけた方がよかったの?』
「・・・」




言葉は消えていって。
どこかに吸い込まれるように消えていって。




『ねえ、何か言ってよ!』


『ねえ! 黙ってないで何か言ってよ!』


『何で黙るの?』




あの視線。あのまっすぐな、全てを貫き通す想い。
想いがあふれて。身体中から想いがあふれて。




『聞いてるの?』


『都合悪くなると黙るの?』


『それってずるくない?』


『ずるい・・・ ずるいよ!』




あふれた想いは全てを染めて。
世界が歪んで。




『何か言ってよ!』


『黙んないでよ!』


『ねえ! 何か言って!』


『言って!』


『言ってよ!』


『声を、聞かせて!』




そして。




想いははじけて。




全てが、白い光に包まれて。






それは、涙色の声。






『あたしね・・・』


『今ね・・・?』


『こんなに、声が聞きたいの・・・』


『電話、すごくうれしいの・・・』






『だから・・・』




『だから・・・』




『お願い』






『声を』






『聞かせて・・・』













静寂が、まるで織り重ねられた繭のように二人の周りを包み込んで。




声は、聞こえない。




何も、聞こえてこない。




けれど。


彼女は、その時。


きっと、送話口を押さえていたのでした。


必死に、押さえていたのでした。




聞こえないように。


ほつれていく想いを聞かれないように。






そして。


私は。






「・・・ねえ」


一瞬の、間。


『・・・なに?』




「まず最初に・・・ さ」


『・・・』


「謝らせて」


『うん・・・』


「ごめんなさい」


『うん』


「ごめんなさい」


『うん』


「ほんとうに、ごめんなさい」


『うん・・・』


「そして・・・ ありがとう」


『うん』


「ほんとうに、ありがとう」


『うん・・・』




吹くはずのない風が、二人を包む繭の糸を、少しずつほどいていって。




「そして・・・ ね?」


『うん』


「一番、言いたいこと」


『・・・』


「一番、伝えたいこと」


『うん』


「あなたに、ずっと、ずっと・・・ 言いたかったこと」




糸は、風に吹かれて消えていって。




『・・・なあに?』




2人は、今。
お互いを目の前に見て。







「私も・・・ あなたが、ずっと好きでした」


「ずっと、ずっと・・・ 好きでした」




「そして、今も」






「今も、あなたが好きです」










声が、震えて。
それは、どちらの声か、わからなくて。


それが声だったかどうかもわからなくて。


それでも、確かに。
2人はその時、同じことを想っていて。






そして。


今度は確かに詰まった声で。




『・・・ねえ』
「・・・なに?」
『あたし・・・』
「うん」
『あたしね・・・ なんか今・・・』
「うん」
『なんか・・・ もう、だめ・・・』
「どうしたの?」
『だめ・・・ もう、動けない・・・』
「え?」
『もう・・・ ね・・・ わかんない・・・ なんか、もう、ほんとうれしくて・・・』
「・・・」
『もう、だめ・・・ 力、抜けちゃったぁ・・・』
「そ、そっか」
『なんか、すごい・・・ ね。もう・・・ すごい、涙・・・ でてるの』
「うん」
『すごいね・・・』
「うん」
『ほんと・・・ なんか、すごい・・・』
「うん」


『・・・感動しちゃった』
「・・・そっか」




『ねえ』
「なに?」
『あたし・・・ やっと、ね?』
「うん」
『やっと、日本から離れた、って思って』
「・・・」
『あたし、置いてきちゃってたから』
「・・・」
『一番大切なもの・・・ 置いてきちゃってたから』
「・・・」
『でね』
「うん」
『やっと、これからなんだな、って思った』
「そっか」
『これから、なんだ、って』
「うん」




『ねえ』
「なに?」


そこで、彼女が少しだけ言いよどんで。
そして、息を吸い込む音が、電話線を通ってきて。


まっすぐに、声が。
頭の中に直接、伝わってきて。




『これからも・・・ よろしくね?』
















年が明けても相変わらず忙しかったけれど、最近はそれでも早く帰ることができるようになっていて。午後9時ころに帰宅できる日もあるのです。何と素晴らしいことでしょうか。


そして。
早く帰ることができた日には、私は、帰りがけに近所のファミリーマートに。
緑色の看板が輝く、ファミリーマートに。
「いらっしゃいませ!」
迎える声は、店長。
スーツ姿の私を見て、にっこりと笑いかけてくれました。


相も変わらず、私は飲み物とゼリーと、そしてセーラム・ピアニッシモ。
レジに持っていくと、店長が元気よくお辞儀をして。レジを打って。
「お疲れさまです。 ・・・今日は、早いんですね」
「ようやく、何とか仕事が回るようになりまして・・・」
「そうですか。それはよかったですね」
手早く、ビニール袋に品物を入れて。
「はい、どうぞ」
「どうも」
ちょっと一礼して、自動ドアを出ます。
「ありがとうございました!」
送り出してくれるのも、店長の声で。




彼女は、もうここにはいないのだった、ということ。
それを、ふと思う時があって。




冷たい風の中。
私は、金色のネクタイピンに、そっと触れました。
それは、彼女が残していった想いの一つ。
紙袋に無造作に入っていた箱の中に、けれども大切に、大切に残していった想い。


彼女の想いが、私の胸で輝いて。
ほんとうに堂々と、思い切りきれいに輝いて。


それはまるで彼女の笑顔のように。




家のドアを開けて。ベッドの上にコートを放り投げて。スーツから部屋着に着替えて
そして、私は、パソコンの電源を入れます。
少し古くなったハードディスクが、ちょっと危ない音をたてて。


そして、私はメールをチェックします。
最近、それが本当に楽しみで。


着信を知らせる音が鳴り。
ファミマの袋からジュースを出しながら、私はモニタをのぞき込みました。




それは。
もう、見慣れた名前。




『件名 : デジカメ買ったよ〜』




私は、思わず微笑んでしまって。
そして、そのメールを見るのです。
日本時間の午後5時ころに着いたメール。イギリスでは、朝の8時で。




『おはよ〜
そっちはお帰りですか?
なんか今、遅刻しちゃいそうです

それで
デジカメ買いました
これで私の元気な写真が送れるぞー\(^◇^)/
とりあえず、いっこ送ります
学校帰りにとったんだよ
これを見て、私のことを思い出してね
忘れちゃやだよー(T_T) 』





忘れるわけ、ないでしょう?
思わず心の中で突っ込んで。




『なんてね
そんなことはないと思うけど
それでも、毎日言うからね』







『あなたが、大好きだよ』






『きゃー遅刻しちゃう
それじゃ、またねー』





そして。


添付されているのは。
きっと、彼女の輝くような笑顔。


ファミリーマートで私が捕まってしまった、あの、輝くような満開の笑顔。






セミロングの黒い髪を後ろで二つに束ねて。
もう、ファミマの制服は着てないけれど。




あの女の子の。






輝く笑顔。














F i n


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BlackAsh 不定期連載〜ファミリーマートで捕まえて Reminiscence〜Scintillation of Silver Lining 2002/01/14 07:01
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〜 追 憶 4 〜





「希望」は裏切られるもの。
「希望」は叶わないもの。
「希望」は砕け散るもの。


砕け散った後の、「希望」の欠片がキラキラと、私の心を身体を駆け巡り。




去年の31日、午後10時まで私は会社で仕事。猪木祭りを見ることができないという心配が、もしかしたら会社で年越しをしなければいけないのではないかという危惧に変わり。
それでも、泣きそうになりながらも、必死に仕事をしていました。


それは、きっと、よかったのかもしれません。


忙し過ぎて、全てを忘れることができたから。
ほんの少しでもため息をつくと、全てを思い出してしまうから。
砕け散った「希望」の欠片が、私の心も砕いてしまうから。




そして、忙しい忙しいとつぶやきながら、普段は参加しないチャットへお邪魔して。チャットで年を越して。チャットで楽しくみんなと話して。


ニュースを更新して。新年らしいニュースはないか、とサイトをいろいろ回って。休みの間はニュースのネタがない、ということを痛感して。


それでも何とかニュースを形にして、一息ついた私の脳裏によぎったこと。
もう、やることがない。
もう、忙しくない。
もう、手元に何もない。


後に残ったのは。




「ファミリーマートで捕まえて」を書くこと。




彼女とのことを、思い出すこと。
彼女との日々を、全て形に残すこと。
セミロングの黒い髪を後ろで二つに束ねてファミマの制服を着た、あの女の子のことを、文章に綴ること。




今まで忙しくしてきたことが、全て無駄になるような。
今まで思い出さないようにしてきたことが、全て意味を無くすような。
今まで目を背けてきたことへ、私の心の全てを以て、もう一度、目を向け直すような。


一つ、ため息。


なぜ私は、この文章を書き始めてしまったのか。
なぜ私は、彼女に見られることがないのにこの文章を書いていたのか。
なぜ私は、彼女とのことをこうやって記していこうと思ったのか。


また一つ、ため息。


いつまでも、彼女がいるはずはないのに。
いつまでも、彼女が私に笑顔を向けてくれるはずはないのに。
いつまでも、彼女のとの幸せな時が続くことはないのに。


もう一つ、ため息。


そんなことはとっくに分かっていたはずなのに、何で・・・ 私は・・・




知らず知らずのうちに、私は、唇を跡がつくほど強くかんでいて。
少しでも気を抜くと、心の中の何かが溢れ出してきてしまいそうで。
せわしない吐息は、ある感情を予感させて。


待って。


今、心が動いたら。


何も。
何も。
何も。


できなくなってしまう。




寸刻の間。


私は目を閉じて、全身の力を抜きました。


その一瞬のうちに。
心を殺して。


彼女との事を書くのに、心を殺して。


彼女の笑顔を思い浮かべるその心は、他ならぬその心に殺されて。


そして、私の両手は、キーボードの上を動きました。
思ったより軽やかに、私の指はその題字を打ち込むことが出来ました。


「不定期連載〜ファミリーマートで捕まえて」


と。






とりあえず1月1日の分を書き上げて。
一息つくと、途端に疲労が襲い掛かってきました。もう1日の午前2時くらいだったけれど、それは眠気とは違う疲労で。
張り詰めていたものが切れた時になだれかかる、あの感覚。


一つ、苦笑い。
私は、彼女との事を書くのに、そんなに張り詰めていたのか。


以前は。
昔は。
彼女と出逢ってすぐのころは、書くのがとても楽しかったなぁ。


彼女の笑顔を見るのが。
彼女の声を聴くのが。
彼女の瞳が輝くのが。


彼女の全てが、楽しかったはずだったなぁ。




もう一度苦笑して、私は煙草の箱に手を伸ばしました。
中を見ると、空っぽでした。
ああ、確か帰宅した頃には3分の2はあったはずなのに。
煙草、吸い過ぎだよ・・・


椅子から身体を引き剥がすように、私は立ち上がりました。
いつも着ているコートに袖を通し、財布をポケットに突っ込んで。
いつも着けている指輪をその時していったかどうかは憶えていません。
そして、私は、煙草を買いに出かけました。


新年の空気。
なんてことは思うはずもなく。
ただ、一つだけ。


寒いな、と。


新年が明けて午前2時を過ぎたこの時刻、自動販売機は当然動いていないので、私はファミリーマートに向かいました。
もう、彼女がいないファミリーマートに向かいました。


別に、何も思いませんでしたけれど。




「いらっしゃいませ! あけましておめでとうございます!」
レジの中から、店長。バイトさんは1人だけ。よく見る顔の男性。
お客さんは誰もいなくて。この時期この時刻だから、いるはずはないのだけれど。
ああ、年が明けていたんだった、と、私は店長に少し会釈をして、雑誌のコーナーを素通りし、飲み物を取って、ゼリーを取って、すぐにレジに向かいました。いつもよりもずっと短い時間で、買い物は済みそうでした。


レジに行くと、店長がにこやかに笑いかけてくれました。去年は本当によくここに来ていたので、今年もよろしく、という感じで。
またちょっと会釈して、
「あ、セーラム・ピアニッシモをお願いします」
「はい。お一つですか?」
「はい」
後ろの棚から緑と白の箱を取って、バーコードを読み込んで。


そこで、店長の手が止まりました。


「あ・・・」
店長が、つぶやいて。
私を、しげしげとながめて。


「もしかして・・・」


店長がその場でしゃがんで、レジの下の棚から、何か袋を取り出してきました。
そして、それをレジに置いて。




砕け散った「希望」の欠片。




「あの・・・ この前、バイトの女の子のことをお訊きになりましたよね」
「は、はい・・・」
「その子が・・・ 多分、お客様のお忘れ物だ、ということで、これを・・・」
何の変哲もない、安っぽい取っ手がついた小さな紙袋。それを、店長が私の方に押しやって。




砕け散った「希望」の欠片。
それは、まだキラキラと微かな銀色の光をきらめかせて。




「・・・え? 私の・・・ ですか?」
ファミマに忘れ物をした憶えはありません。私は、当然訊き直して。
でも、その声は、少しだけ震えていました。
それだけは、確実にわかりました。


「ええ・・・ 失礼ですが、眼鏡をかけていて、Aラインの紺色のトレンチ・コートを着ていて、少々大柄で」
そこで店長は少し口を抑えました。
それでも、先を続けて。
「髪は黒くて、よく当店へおいでになっている男性で・・・」
店長は、そこで、レジの煙草を手に取りました。
「煙草は、必ずセーラム・ピアニッシモをお求めになる、という方でしたので」




砕け散った「希望」の欠片。
それは、まだキラキラと微かな銀色の光をきらめかせて。
心を身体を傷つけても、その輝きはなお残っていて。




「恐らくは、お客様のことかと・・・ お心当たりはございませんか?」
「・・・あ、もしかしたら」
とっさに出たのは、でまかせの言葉。
最後に、本当に最後に、一筋の光が見えたその先へと。
まるで蜘蛛の糸にすがるかのように。
私は無我夢中でうなずいて。
「あ、ありがとうございます」
「よかったです。先日は私が忘れてしまっていて・・・ 遅くなりまして、本当に申し訳ございません」
「あ、いえいえ」
そう言いながら、よく分からなかったけれど、お金を支払って。
「ありがとうございました!」
店長の嬉しそうな声を背に、私はファミリーマートを出ました。
袋を今すぐにでも開けたい衝動を必死でこらえながら。




砕け散った「希望」の欠片。
それは、まだキラキラと微かな銀色の光をきらめかせて。
心を身体を傷つけても、その輝きはなお残っていて。
そして、それは微かに夜を照らす星のように。




家に帰って。
コートを脱いで。
財布を置いて。
ビニール袋をベッドの上に放り投げて。


私は、紙袋を開けました。




中には、深い紫色の包装紙とピンク色のリボンでラッピングされた、手のひらに載るほどの小さな箱。
そして、その奥に、もう一つ。




メモ用紙が一枚。


細くて可愛らしい字。
黒いペンで。


そこには、女性の名前。
そして。


数字の羅列。


最初に「44」。
数字と数字の間がハイフンでつながれた、数字の羅列。






私の心臓が、一瞬、確かに止まりました。




「44」。
それは、国際電話をかける時の、イギリスの国番号でした。








To be continued to "Last Smile"


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BlackAsh 不定期連載〜ファミリーマートで捕まえて Reminiscence of the End of... 2002/01/13 06:58
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〜 追 憶 3 〜





全ては、きっと裏切られ続けるから。
全ては、きっと叶うことのない夢だから。


全てに裏切られ続けたから、きっと「希望」を抱くのかもしれません。
そして、その「希望」にも裏切られ、だからまた新たな「希望」を抱き、そしてそれにも裏切られて・・・


今、この文章を書いているこの時に、そんなことを思って。


なぜなら、私は、あの時に。去年の暮れも押し迫った、あの30日の日に。
近所のファミリーマートに走っていったから。
彼女と最初に出会った場所へ。
セミロングの黒い髪を後ろで二つに束ねてファミマの制服を着た、あの女の子と、初めて出逢った場所へ、走っていったから。




自動ドアが開いて。
開くのももどかしく、私はお店の中に入って。
コートが、私をあざ笑うように、はためいて。


「いらっしゃいませ」
迎えてくれたのは、やっぱり店長の声。


そんなのには構わず。
すぐに、お店の中を見回して。


いない。
あの女の子がいない。
セミロングの黒い髪を後ろで二つに束ねてファミマの制服を着た、あの女の子がいない。

もしかしたら、従業員室に入っているのかもしれない。
待っていれば、きっと出てくるかもしれない。
セミロングの黒い髪を後ろで二つに束ねてファミマの制服を着た、あの女の子が、出てきてくれるかもしれない。


私は、深呼吸して、雑誌のコーナーへ。
適当な雑誌を取って、目を走らせて。
その間にも、私の意識は背中の向こうの従業員室へ。


扉が開く音がするたび、私は振り返って。
彼女が出てきたんじゃないか、と振り返って。
いっそ後ろを向きながら読んだ方がいいんじゃないか、と思えるくらいに、振り返って。



そんなことは、分かっていたのかもしれませんでした。
彼女が、今日はここにいないことなんて、分かっていたのかもしれませんでした。
彼女が、もうイギリスに行ってしまっていることなんて、分かっていたのかもしれませんでした。




どのくらい時間が経ったかなんて、その時の私は知るはずもなく。
ただ、全然来ないということ。それだけが、分かってきただけで。
雑誌のページをめくる手の動きは遅くなって。それと一緒に、雑誌の文字を絵を、追いかける目の動きも、遅くなって。
そして、それは止まって。


止まったことを、もう1人の私がようやっと気づいて。




我知らず、吐息が洩れました。
吐息が洩れたことに気付いたこと、それが、私に全てを思い出させました。


終わりの時が、来たということ。


もう全ては過ぎ去っていった後だということ。


手の隙間から、希望は流れ落ちていってしまったこと。




一つ、苦笑い。
手の隙間どころか、私は、手さえ差し伸べていなかったじゃないか。




全ては、裏切られ続けていって。
それでも、最後に残るのは、「希望」という言葉で。


私は、飲み物とヨーグルトを適当につかんで、レジに行きました。
レジでは、店長が、年末らしく忙しそうに立ち働いていました。この時期、バイトもあまり入りたがらないのでしょうか、中華まんのボックスを見たり、何か帳簿をつけたりと、ひとところに落ち着かずに、立ち働いていました。


私は、品物をカウンターに置いて。
店長は、入ってきたお客さんに「いらっしゃいませ」と声を掛けながら、私の飲み物とゼリーの会計を手早く済ませて、袋に詰めて。
私は、レジに表示されたお金を払って。


袋を手に、いつもなら足早に出口に向かうのですが。
今日は、今日だけは、それはできませんでした。


そこに、最後の「希望」があるはずだから。




「・・・すいません」
「はい? 何でしょう?」
会計も終えたはずなのに、という表情で、店長が私を見詰めました。
少しだけ髪に白髪が混じっているけれど、中年、というにはまだ若い、という感じのおじさん。忙しそうに、私がこうやって話し掛けている時でも、手が書類を繰っているけれど。


あなたが、最後の希望なんです。


「あの・・・」
「?」
「ここでバイトしてた・・・ 女の子は・・・ もう、やめちゃったんですか?」
「・・・? 女の子と言われましても・・・ どんな感じの女の子でしたか?」


セミロングの黒い髪を後ろで二つに束ねてファミマの制服を着た、あの女の子。


一瞬、彼女が記憶の中でフラッシュバックして。


「あの。髪を後ろで二つに結んで、眼鏡をかけてたんですが・・・」




「ああ、あの子」
店長が、うなずいて。




「26日で辞めてます」







その時、「希望」が砕け散る音を、私は確かに聞きました。








To be continued... (still in retrospect)


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