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BlackAsh | ■ 無題 | 2002/02/21 02:17 |
日々の戯言 | 短編 | |
ある朝目を覚ますと、僕は未来を見ることができるようになっていた。 未来といってもちょっとした先のことだけしか分からない。目の前のモノをじっと目を凝らして見詰めると、まるでコマ送りのスライドのように、そのモノに近い将来起こることが頭の裏側を通り過ぎるのだ。 たとえば、学校の花壇に生えている、小さな青い花を咲かせた雑草。目を凝らして、じっと見詰めてみた。 きっと、このままだと、4日後に吹きつける冷たく強い冬の風にその花の茎を折られてしまう。 「ふむ」と僕はつぶやいて、近くの鉢植えのパンジーをひっくり返し、その雑草に、空になった鉢をかぶせて囲いを作った。 4日後、冷たい北風がこのあたり一帯に吹き付けた。 5日後、その雑草を見に行くと、青い花が元気いっぱいに笑っていた。パンジーは大風に吹かれて、鮮やかな3色の花びらがぼろぼろになってひっくり返っていた。 よかったよかった。 はす向かいの家の飼い犬、雄のゴールデン・レトリバーを、目を凝らしてじっと見詰めてみた。 きっと、このままだと、彼は2日後の散歩中、路地で居眠り運転の軽トラックに突っ込まれて死んでしまう。 「ふむ」と僕はつぶやいて、2日後にその路地に立っていた。向こうから、彼は、飼い主のおばさんが必死で持っている引き綱をいっぱいに張ってやってきた。 曲がり角近くで、僕は、彼が大好きな鶏肉のささみを大きく振って見せた。彼は目ざとくそれを見つけて、僕の方に向かってこようとした。おばさんが必死でそれを抑えた。 僕は、見せつけたささみを、思い切り向こうの方へ放り投げた。「ワォン!」と一声叫んで、彼はとうとう引き綱を振り切って、ささみへと駆けていった。 ちょうどその時、今まで彼がいたところを、真っ白い軽トラックが通り過ぎていった。それにも気付かず、彼は念願のささみを食べることが出来て幸せそうだった。おばさんはトラックにひかれて死んだ。 よかったよかった。 家の近くの本屋から出ると、クラスメートの小沢さんに出会った。大きなバッグを肩にかけて、スキーに行くため駅に向かう途中らしい。彼女を、じっと目を凝らして見詰めてみた。 きっと、このままだと、今日、新幹線が脱線して横転し、彼女は全身を強く打って内臓から大量に出血、死んでしまう。 「ふむ」と僕はつぶやいて、じゃあね、と言って笑顔で立ち去ろうとする彼女を後ろから思い切り殴った。不意をつかれて倒れた彼女の上に馬乗りになって、さらに何発も殴った。 やがて、サイレンの音が鳴り響いた。誰かが警察と救急車を呼んだのだろう。 これで、彼女は事故に巻き込まれて死ぬことはない。少したくさん殴り過ぎて、彼女の顔は腫れ上がり鼻からも出血して完全に気を失っていたが、ひどくて重傷だ。新幹線は横転して死者が50人くらい出た。 よかったよかった。 小沢さんを殴ったので、僕は留置場にぶち込まれた。 留置場の朝は早い。警官の号令に従って、同じようにぶち込まれた人が行列を作り、朝の洗面の時間。 僕は、鏡に映った自分の顔を目を凝らして見詰めてみた。 きっと、このままだと、あと1時間のうちに大地震が起こり、この古びた留置場はなすすべもなく崩れ落ち、僕はがれきの下敷きになって、鉄骨が肺に突き刺さり数時間苦しんで、死んでしまう。 「ふむ」と僕はつぶやいて、留置場の部屋に戻ってすぐ、手紙を書くための鉛筆を思い切り目に突き立てた。思い切り、奥の奥まで、僕の脳味噌に届くように、深く突き立てた。 意識が消えていった。これで、僕は地震に巻き込まれて苦しんで死ぬことはない。地震が起きて留置場が崩れ落ちてきても、そんなことはもう気にならない。 僕は死んだ。 よかったよかった。 |
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